2011年11月22日火曜日

アメスピを「シコスピ」と呼ぶ人たちは本当にいる

スラマッパギー。いや、ホントにいるんですよね。「シコスピのメンソ」とか言う人が。

あ、そうそう。この前写真部の写真展に行ってきました。相変わらずかっこいい写真ばっかりで嫉妬。

こうなってくると僕もデジタル一眼が欲しくてしかたありません。

「いや、男は黙ってフィルムだろ!」

そう思ってた時期が僕にもありました。

父のOM-1で二本くらい撮りためたフィルムがあるんですが億劫でプリントに出せず早1年。もう中身は真っ白なんじゃないかな・・・。ろくなもの写ってないとは思うけど。(宮島さん達とレンズを買いに中野に行ったのはいい思い出。)

やはりきめ細やかでマメな性格でないと銀塩カメラマンは務まらんのですね。あと経済力か。

デジ一はその点かんたんでお手軽ですよね。パソコンに取り込んでコンビニでも自宅でもボタン一つでプリントできちゃう。一応、コンデジは持っているんですがガラケーの写メ画素数にさへ勝てない荒削り野郎なので「あえて」の起用しかできません。

うちのサークルにもデジ一の波は来ています。石を投げればキャノンのX4、5を持っている人に当たるほどです。あとASTK-2(綾瀬ハルカ佐藤健撮りたいのは君-2)を持っている女の子も二人いたな。ルミックスのやつ。正しい名前は忘れた。

やろうと思えば映画もこれ一つで撮れるし。サッカーで例えるならレジスタもできるデルピエロくらいの汎用性。やはり捗るよね。

↓デルピエロが拙い日本語で書いてるブログです。良かったら見てください。
http://delpieroale.blogspot.com/search?updated-min=2011-01-01T00%3A00%3A00%2B09%3A00&updated-max=2012-01-01T00%3A00%3A00%2B09%3A00&max-results=4

2011年11月15日火曜日

俺のブログがこんなに面白いわけがない

はい、こんばんわ。ブログ初投稿の3年こうだいさんです。もう引退してます。

何で書こうかと思ったかって?
こないだ新web担当(それまで俺だった)のやすもっちゃんに、「先輩、ブログってどう書くんですかって?」聞かれてよくわかんなかったからだよwwwww

ちゃんと自分で試してこうやって書いてテストするとは、先輩の鏡だな!俺は!


どうせ書くならなんかはなそ。
最近マンガの大人買いにはまってます。勉強の合間に、息抜きがてら1話づつ読んでくみたいなね。

でも今流行ってるのはそんな買わないよ。
でもちはやふるだけは、どうしても続きが気になって買ってしまったけどね。。。

買う基準はいろいろだけど、みんなあんまりしらなそうとか、昔アニメで見た奴の原作を買ってみるとか、パッと見の表紙のかんじとかいろいろ。。。

とりあえず大人買いしたのは・・・・

ちはやふる
ヨコハマ買出し紀行
ARIA
機動警察パトレイバー(完全版)
羊のうた
イエスタデイをうたって

 大人買いをねらってるのは・・・・

げんしけん
ふたつのスピカ
プラネテス
金魚屋古書店
ぼくの地球を守って

って感じです。
んで、これはほぅ・・・と思ったのが違う作者のマンガの間の話のリンクに注目して読むと、また新しい発見がありますね。
これはあるKINOの先輩がおっしゃてたのですが、「ヨコハマ買出し紀行は終わりの物語、ARIAは始まりの物語」というのを聞いて、あぁなるほどなぁと思いました。

大雑把なあらすじを書くと、ヨコハマ買出し紀行は「夕凪の時代」という、簡単に言えば、地球がもうすぐ滅亡するという状況の中で、皆残りの時間を思い思いに過ごしていく 様子を描写した、いわゆる日常系のお話です。もっともこのマンガがでたのはもう10数年前なので、「日常系」という言葉は当時まだありませんが。

で、ARIAは今の時代から300年くらい後の話。人々が宇宙へ進出して、火星にAQUAという惑星都市を作り、そこはイタリアのヴェネツィアを模した作りになっています。作中ではネオ・ヴェネツィアって呼ばれてます。なんかかっこいいですね。
そこで主人公の水無あかりちゃんが水先案内人(と書いてウンディーネと呼ぶ)という、ゴンドラに乗って観光案内する職業があるのですが、それを目指す日々をまったりと描いたものです。

んで、この二作、出た時期も全然違ければ、作者も全くの別人なんです。だけどこの二作を続けて読んでも、全く違和感がないといいますか、すごく自然に入っていけます。まるで、連続した物語のように。

こればっかりは、実際に手にとって読んでいただかないと味わえない感覚なので、もしこれを読んで興味が沸いた人がいたら是非、ヨコハマ買出し紀行→ARIAの順番で読んでみてください。。。



あ、ふたつのスピカ→プラネテスの流れもなかなかアツイですね。宇宙つながりで。ますますほしくなってきた・・・。

ただマンガを読むだけじゃなくて、こういう関係のマンガを探しながら読めばまた別の面白さがありそうですね!描写されてない二つのマンガの間の話を妄想したりとかね・・・・・・。

気が向いたら感想とかも書けたらと思います。
なんか他におすすめあったら俺に教えて下さい。。。。








2011年11月12日土曜日

お久しぶりです。つまり、おひさ。

スラマッパギー!

お久しぶりです。かせきさいだぁ≡の「≡」がとれて新生「かせきさいだぁ」となり早数年。このブログも更新されることなく早数カ月。みなさんいかがお過ごしでしょうか。

最近寒い日が続きますが、そんな日にはやっぱり「鍋」ですよね。

今日はおうちで簡単にできるお鍋料理を紹介したいと思います!!



「それっぽい豆乳鍋」

~材料(2人前)~
鶏肉(もも)300g
白菜 1/2個
大根 1/3本→薄くイチョウ切りで!
水菜 1束
豆腐 1丁
しめじ 1パック
うどん 2玉
カツオだしの素 適量
豆乳 適量
麹味噌 適量
醤油、みりん、塩、あと必要そうなもの全部 適量

~作り方~
1鍋に1/3くらいお水をはり、鶏肉、白菜、大根を入れ火をつけます。
2いい感じに沸騰し、鶏肉が白くなってきたら火を弱めます。
3そこへしめじ、水菜、豆腐を入れます。
4再びグツグツと煮えてきたら、豆乳、カツオだしの素、醤油、みりん、塩、EXを自分のセンスでいれます。
5最後に味噌を溶いて出来上がりです。胡麻やショウガを薬味にすると美味しいかもしれませんね☆
6うどんは〆にどうぞ!



・・・以上、全部想像です。

正直、麹味噌ってどんなものかすら覚えてません。

誰か試してみて美味しかったら報告下さい。僕もやってみようと思います。

ではまた。柴又。

2010年10月23日土曜日

アメリカの詩

もう本当に何か分からない気がしているのでブログを久しぶりに更新したいと思います。
好きなアメリカの詩人について書きます。
本当につまらない話ですが、はじめてビビビっときたのはアレン・ギンズバーグの「吠える」でしたね。それから、バロウズのポエトリーリーディングをなぜか集めまして、でも「裸のランチ」はスルーしました。授業でアメリカのしの授業をとった折に、ようやくエリオットやホイットマンなどをちゃんと読むことに相成ったのです。その中でも素晴らしいと思い、アメリカノ知って面白いかもしれないと感じたのは、エリザベス・ビショップです。

だから、「in her shoes」みんな見てください

2010年7月25日日曜日

FISHMANS

 俺が南大沢に帰ってきたのは、午後11時50分だった。調布市の花火大会があった所為か、人の波はいつものそれよりは多く、チラホラとゆかた姿の女性の姿も見えた。俺はというとお茶の水でバンドの練習をした帰りであった。俺とSは多摩ニュータウン通りを歩いて、ESSOに併設しているドトールコーヒーに吸い込まれる。看板は明滅している。中には試験勉強中の学生で溢れかえっている。そんな学生達をみて全く焦らない心に、焦りを覚えた。
 俺はアイスコーヒーを頼んで煙草に火をつける。
「女喰って女喰って女喰って、音楽って…最高…」とずっとつぶやいている。
Sはそんな俺に全く取り合わず、今日の練習の音源を無言で聞いている。
俺は煙草に火をつける。
そして奇妙に涼しい風を、触れずに思い出しながらフィッシュマンズのweather reportを想起する。

風が吹き続けて いつもここにいるよ
なにかいいことがなかったけなあ なにか

2010年7月15日木曜日

mc miyazima初ライブ

さる7月8日、私mc miyazimaの初ライブがあった。
ここが到達点ではない。
ここからが始まりなのだ!!!
伝説のライブになったと思われる。
今俺の部屋は電気が止まっている。携帯ももうすぐ止まる。
このブログも大学のパソコン室で投稿している。
このような逆境のなかでなぜおれがこれほどまでに自信満々なのか。
それは、俺がラッパーだからだ。
俺のヒップホップスタンス、<逆境をいかに利用するか>。これだけだ。
これだけで俺はコアのコアのコアに到達する。


Download:
FLVMP43GP

2010年6月7日月曜日

フィクショナル・ロード

 新学期が始まってから早くも2ヶ月が経過した。一年生は高校三年生から大学生になってまだ4ヶ月くらいしか経ってないのに、ずいぶん大学にもなれたように見える。僕は大学生になってもう4回目の春を経過しているのに、未だに三年生で、未だに大学に慣れていない。例えば、家と大学をつなぐ単調な坂道にもまだ慣れていない。その道は次元をまたぐようで、僕には何か壁のようにも見える。これから雲が肥大化していって我々は各々の回数目の長期休みを迎えるわけだが、その休み期間中に誰もいない部室で佇む俺は何も変わっていない。人工衛星のように同じ場所を回り続ける第三者の目だ。僕らの考え方は僕らが一年生の時の四年生だった人たちそのままの考え方なんじゃないかって一度でも考えたことがあるだろうか。昔、誰かがになっていた役割を今僕らが担っている。

 昨日のことだ。いつものように午後四時を少し過ぎた頃に覚醒してあたりを見渡すと扇風機が低く音を立てていた。そして、大学を降りるとすぐにある横に伸びたショッピングモールからは交通整理の怒鳴り声が妙に大きく聞こえるのだった。俺は空を見上げる。雲が空の約六割を占める。直感的に快晴で、梅雨よりも夏を想起させる天候だった。不意に部室の扉が開く。気づいて振り返るが誰もいない。俺の意識はいったいここにいない誰かの元へと吸い込まれていった。空の雲が秒速1mくらいで視界を横切っていく。そのたびに移動する建築物は新しく生まれ変わり、風景は全く違う感情を想起させる。勉強のこと、生活のこと、人間関係について。それらはまるで靴の裏についたガムのように妙に間延びして俺を連想の肉塊へと変化させるのだ。誰もが全く違った環境で、全く違った思考の上で、同じ行動を繰り返しているのだと思うと妙に寂しくなった。

 そして、また扉が開く…。そこにいたのは紛れもなく人間で、Kだった。Kは俺に短い挨拶をすると、持っていた袋の中から菓子パンを取り出しパクパクと食べ始める。俺はその様子を放心しながら見ていた。
「どうしたの。なんかあったっけ、今日」俺は尋ねた。
それに答えず、Kは無心にパンを食べていた。その無心さは目を見張るものがあり、「人間は食うために死んでいくようなものだ」という飲み会の席での誰かの独白を思い出した。未だ扇風機はまわっている。
「映像の編集に、来たんです」とKは独りごちる。その言葉は俺の問いへの答えではないようで、そのまま世界から消えて行くような響きを持っていた。机の上には俺が昨日吸った煙草の骸骨と、村上春樹の「一九七三年のピンボール」が置いてある。Tが読んでいる本だ。表紙の一部分に光があたって俺の目を照らしている。一九七三年。俺が生まれる16年前、2010年の37年前。Kと俺の間にはそのくらいの距離があった。

 部室は三階にあり、その窓からはすぐ下の道がよく見える。その道を俺は窓から身を乗り出し眺め始める。様々な人間が様々な目的に従って歩いている。子連れや作業服を着たプロレタリアアート。そして、学生。彼らにはある一点だけ共通点があって俺には彼らが何を考えているかわからないってことだ、多分永遠に。横を見るとKが部屋の隅にあるパソコンの前に座っていた。こいつの考えていることもわからない。それは幸運だ。しかし、不幸があるとすればそれは俺と誰かの間の距離だけははっきりわかるってことかもしれない。三回目、扉が開く。Yだ。Yは奇妙な男で、彼について俺が知っているのは、彼にとって部室のレーゾンデートルはそこが物置だ、ってことだけだ。いつものように彼は俺達に一瞥もせず、置いていたノートパソコンをカバンの中に詰め込んで去った。

 午後5時、俺は英和辞典をめくって、インドとパキスタンの関係を例に数学を学ぶ。午後6時、辞典を閉じる。Kはいつの間にか去っていた。僕は今日返さなければいけないDVDを見た後、部室をあとにする。午後12時。

 真夜中、マクドナルドのハンバーガーを食べながら多摩ニュータウン通りを海の方向へ歩く。車は光と共に交差して夜を引き裂く。俺はハンバーガーの味の濃さに、冷たい水を欲しながら日々忘却していく。1ミクロン前の感情を、1ミクロン前の風景を、1ミクロン前の風を。
そして、延滞している電気代を。