2010年1月7日木曜日

PTA


フィオナ・アップルのfast as you canのミュージックビデオです。
被写体との距離が非常に近いとでもいいましょうか、ああ、監督はフィオナ・アップルと親しい関係にあるのだな、と感じるMVです。
 最初モノクロで何の伏線もなしにいきなりカラーに変わるんですが非常にその瞬間が美しい。ボケたガラスの向こうに彼女がいて、彼女がそのボケを手でなでると、徐々に顔があらわれてくる。フレームレートが変わる。ああ、映像は被写体と観客の間にカメラがあるのだな、とそれを再確認させられる次第です。
 もう本当に当たり前のことなんですが、その再確認は驚きをもって迎えられます。我々、映像を見るとき、ピントの合ったものを自分の意識の中心とするんでしょう。ピントの合っている部分をしか見ない。映像を見るとき、我々何を見ているのか。見ながら、何も見ていないんじゃないか。だから、ピンぼけの映像にハッとさせられ、何を見ていたのかよくわからなくなってくるんでしょうか。
 何か、不思議な時間の流れを、そこで感じます。MVは音楽が先立つものだから、最初から時間はこれと決められてはいるのですが、音楽とは別の時間が流れている気がします。
 ポール・トーマス・アンダーソンっていう映画監督がいて、フィオナ・アップルのMVの監督も彼なんですが、僕は非常にこの映画監督が好きなんです。
 その特殊な時間の流れは結局PTAの映像すべてに共通することなんですが、長まわしの多用っていう技術的な一言ではなかなかかたづけられない。
 PTAの映画の物語は、毎回多数の人々の人生をかたります。それはすべからく映画の時間を間のびさせますが、そのある意味での退屈さとは違う精神的時間がある。物語のないMVでも、その時間を感じるんだからそうだ。
 PTAの映画にあるのは、嘘くささだ。完全にフィクションで、フィクションであることを主張するような展開だ。「マグノリア」のカエルや、「ブギーナイツ」のモザイクなど。MVでも、あのブラーは、我々が被写体と非常に遠い所にいることに対するちょっとした比喩だったのではないか。

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