2009年9月21日月曜日

スカンピン

 鈴木慶一とムーンライダースの名曲「スカンピン」を和田あきこが歌っていて、すごくいいので最近よく聞いている。鈴木慶一のほかの曲も聞きたくなってはちみつぱいやら、ソロの曲を聴く。「僕の幸せ」、「土手の向こうで」、「堀の上で」など懐かしい。
 ぼくが鈴木慶一関係の曲を初めて聞いたのはあがた森魚の「乙女の儚夢」だった。確かそのアルバムのライナーノートに「あがた森魚が鈴木慶一に初めて会ったとき、鈴木慶一はザッパのfreaks outを聴いていた。」って書いてあったから、僕はザッパを知ったのだ。
 はちみつぱいの唯一のオリジナル・アルバムである「センチメンタル通り」は近所のTUTAYAで借りた。最初、「堀の上で」はあまり好きじゃなくてシングルカットされた「君と旅行鞄」と「酔いどれダンスミュージック」ばっかり聞いていた。その後、友達からピクシーズとナンバーガールのCDを借りてそんなものばっかり聞くようになってしまったので、はちみつぱい及び鈴木慶一はほとんど聞くことがないままに、大学生になった。大学一年生の時はムーンライダーズにすこしはまった。
 数年に一、二回なんとなく特定の音楽ばっかり聞いているときがある。例えばビートルズや大滝詠一など。鈴木慶一もそれと同じように聞く。ナンバーガールや昭和歌謡、エレクトロニカは俺にとって、全共闘世代が自らの学生時代を称して言うような、熱病みたいなものであった。
 なぜ、ビートルズや大滝詠一を聞きたくなるのだろうか。僕は時々マクドナルドのハンバーガーが食べたくなる。ハンバーガーの肉の食感が頭の中でぐるぐる再生されて、実際にそれを味わいたくなるからです。僕は鈴木慶一を聞いた時の感情を欲しているのではないか。鈴木慶一やビートルズの曲を聴いた時の感情を経験しているから、それをまた経験したくなるのか。
音楽ってそんなものなのか。チャイコフスキーの「悲愴」は最初感情的すぎるっていう理由で批判されたらしい(うろ覚えだが持っていたレコードのライナーノートに書いてあった)。確かに感情が踊っているような音楽だ。それだけで批判され、それだけで音楽として成り立つのか。正しい音楽の聴き方があるのかは知らないけれど、少なくとも自分にとって正しい音楽の聴き方を習得することができればいいと思います。

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