市川崑の「火の鳥」を見たのだが、本当に困った傑作だった。実写にアニメーションを混ぜるという、画期的だか血迷っているのかわからない方法で火の鳥の世界観を表現しようとしているのだが、そのアニメーションパートの総指揮が市川ではなく手塚治であり、まさに両者の天才が拮抗してしているのだ。狼に「UFO」を踊らせたり、主人公がいきなしアトムになったりする。バカ映画として有名なのでしょうか。しかしながら映画としてもなかなかおもしろくて、見る価値はあった。
大友良英の「without records」を見た。結構広いフロアーに古いレコードプレイヤーがたくさん置いてあって各々が異なった音を断続的に発する。僕らは所狭しと並べられたレコードプレイヤーの隙間を縫って様々な音を聞くのだけれど、一定の音というのをそこでぼくたちは聞くことができない。僕のいる場所、時間、さまざまな条件によって音は多様性を持つ。その多様性が静寂へと僕の意識を向かわせる。はたしてこの場所の音は一体どんな音なのだろうか。僕らは日常を雑音と共に生活しているわけだがその騒音とは常に意識されない音であり、意識の外にある。その騒音が意識される音楽として立ち現われる時、音楽を理解する手立てとして重要なのは沈黙の部分ではないだろうか。
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