2009年5月29日金曜日

マリオ・バーヴァとThrobbing Gristle、そしてソウル・バス

イタリアン・ホラー

 マリオ・バーヴァの「血みどろの入江」の予告編がとてもかっこよく、明日の授業は寝ないで行こうとさっき決めました。イタリアン・ホラーの面白さは映像と音が全くシンクロしていないところにあると思う。ホラー映画は笑ってしまうようなものが多い。それらの大半はマジでホラー映画を作ろうとしているからこそ面白いのであって、イタリアン・ホラーの面白さも遺憾ながらそこにあると思っている。ダリオ・アルジェントの映画「インフェルノ」や「サスペリア2」も一歩間違えば只のコメディであって、ここで重要なのは間違えるのは我々視聴者であるということだ。僕自身の見方がそうあるだけでほかの人がどのようにそれらのホラーを見ているかは知らないが、僕はできるだけ映画にとって都合の悪い思考回路を切断してホラー映画を見る。
 いちいち映画の粗探しをして勝った気になるのは変だ。映画がつまらなくなるのじゃないか。

音楽

 それで最近音楽をまた聞きだしたので思うのだが、なんだか音楽っていうのはどこまでが音楽なのかということに大分ご執心のようです。確かにそれはよくわからない。聞いて心地よかったりとにかくプラスの影響を与えてくれる音が音楽だっていう意見は割と同意を得ているのではないか。
 たとえばHAIR STYLISTICS、Merzbowなどハーシュノイズ系の音楽は音楽じゃないって言われたりするかもしれない(でもクセナキスの作る音楽も音的にはそんなに変わらなく聞こえる。もちろん曲の作り方とか全然違うのだけれど)。
 しかしながらそういう音楽の嗜好は人それぞれ違う。たとえばThrobbing Gristleのライブで泣く女がいたりする。そうなるとやはり結局何を音楽とするかは個人的な問題でしかないのか。そういう解決方法はすごくムカつく。大体何で俺は。

オープニング


 映画のオープニングを作る職人のことをタイトル・デザイナーという。たとえば007シリーズのオープニングを作ったのはモーリス・ビンダー、「スターウォーズ」「タクシードライバー」などのオープニングはダン・ペリなど割と有名な人はたくさんいる。その中でもとりわけ有名なのが、ソウル・バスだ。このデザイナーはオットー・プレミンジャーの「黄金の腕」やアルフレッド・ヒッチコックの「北北西に進路を取れ」などのタイトル・デザインで有名だ。ヒッチコックの「サイコ」における有名なシャワーシーンの絵コンテを作ったのも彼だという。
 で、最近かっこいいなと思ったのはザック・スナイダーの「ウォッチメン」のオープニングです。

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